
光が差し込んでいてきれいでした。
最近書きたいことが溜まってきています。
その都度忘れないようにメモっているんですけれど、ブログを書く時間配分ができてなくって今日になってしまいました。
そんな中、studio voice休刊なんですね…
毎回買っていた訳ではないけれど、サブカルチャーでの影響力が大きい雑誌だったと思っていたので、ショックですね。最後は写真特集。買わねば!
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090703-00000107-jij-soci
STUDIO VOICEが休刊って…どんだけ出版業界は不況なのか!
そして今、自宅で大量のPDFを出力しています。
WEBで特集されていたタイポグラフィについてのPDFなんですが、これがまた結構詳しい。毎回結構なA4サイズ20ページとか30ページとか結構な単位×10ファイル以上で、タイポグラフィの歴史やデザインについて、形、フォントの特徴などが書かれています。
こんな充実した内容なら、雑誌買うより価値あるジャン!ということで、いそいそ全てプリントアウト&ファイリングです。
大分太っ腹だな〜。
そして、タイポや文字組がきれいなもんだから、できればきれいに保存しておきたいと思い、高い紙にプリントアウトするという…。それでも250枚1500円くらいだから、ここいらの本を買うより安くすみそう。
できるだけきれいに保存しておきたいって思わせるって素敵だなー。
まさしくデザインの力だな〜。
そういや、最近マンガでも同じようなことを感じました。
私はノンジャンルでマンガを読むタイプで、とはいえやっぱり傾向はあるとしても、青年マンガ誌、女性マンガ誌、少女マンガ誌、少年マンガ誌、面白そうなら結構なんでも読んでしまう。
だけど、オサレな絵ばっかり読んでる友人が多いことに気づく。
相方もそのタイプ。(ん?そんなことないかも…?)
多分、特に女の子よりの描き方だと、男性は特にそういうテイストの方が読みやすいって言うのがあるみたいなんだけれども。
それをみると、絵の威力って大きいなあと改めて思う。
そもそもマンガの良さってなんだろう?とか考えてしまう。
泥臭い描き方だったりとか、あんまりうまいとは思えない絵でもいい作品がいっぱいあって、でもそういうのは、好みのテイストではないにしろ、表情の描き方がうまかったり、心情はしっかり伝わっていたりする。
でも絵のテイストで、どういう人向けかって言うのが割とわかるジャンルなのだけれども。
そういうので、マンガとしては成功なんじゃないかと思うと、どうも切り捨てられない自分がいる。
それってデザイナーにあるまじき行為ではあるまいか!
やっぱり泥臭いのが根本的に嫌いじゃないんだろな〜自分。
そんな感じなので、とても好みの既成概念を作りやすいものだから、人に勧めるのはいつも躊躇してしまう。。
絵といえば、太宰治の『人間失格』がこの不景気に売り上げを伸ばしているらしい。
そして、今度は梅佳代さんの挿絵(挿写真?)で販売されるらしい。
去年か一昨年くらいに、人気漫画家の小畑健さんの表紙で平積みされているのが印象的でしたが、なんと今度は梅佳代さん!
これがまた、なんてミスマッチ!と思いきや、びっくりだけどあうんだとか。
ちょっと見てみたい〜。
調べてみたら、装丁は祖父江慎さん。
これまたなるほど〜な人選。面白く遊びを入れつつ、梅佳代さんがはいったらうまいこといきそうな。
そんなこんなで読んでみたいです。
それのせいなのか、ちょっと前にNHKで太宰治の特集をやっていました。
太宰治が現代にまた受け入れられているらしい。その理由は、文章の長さが現代人の書き方に似ていて、共感する人が多いのではないか、という見方でした。
最近はブログを書く人が多く、露出も多い。
だから、現代だからと言えるのかはわからないけれど、確かに、文章の長さは長い気がする。(もちろん私も含め)
もう一つの理由は、失望の中に愛が感じられるからなんだそうな。
明治大学の教授が、学生に教えていたのがとても面白かったんですが、
太宰治と、現代人の文章が似ているから、比較してみようという授業でした。
一方は、秋葉原の殺人事件の容疑者のネットの書き込み、一方は太宰治。
どちらも世の中に失望して見えたけれど、
明らかに太宰治のほうが、愛を感じる。
読者に希望を与える。
温かさが残っている。
容疑者の方は読みたくもない文面でしたが、確かに太宰治は共感し、読みたくなりました。
ネットの普及で文章も増え、いろんな文章を読む機会が増えたけれど、
やっぱりいい文章はこうやって残っていくんだな、、
というか、挿絵や形は変われども、残っていって欲しいなと感じたニュースでした。
そんなこんなで、ビジュアルの重要性をひしひしと感じて、プレッシャーを覚える日々です。



